幼馴染リーマン3

 

「――――ん…」
くすぐったさに、オレは身体を捩じるように動かした。
(なんか、顔の辺りもくすぐったい、かも…)
ん~と唸るように顔も横にずらした。

―――が、それは何かによって止められた。
(――え)
なんて思ったと同時に口を何かで塞がれる。
「ふ、ぅ…ッ」
急に息を止めらて困惑する。
ぼんやりと思考が戻ってきて、ゆっくりと目を開けた。
目の前に何かあるが、視界がまだぼんやりしててはっきり見えない。

(な、んだこれ…?何で息が――)
瞬きを数回して、段々視界が元に戻ってきたようだ。

(まつ毛……?―――誰、の…?)
人の閉じた瞼が見えて、目の前に人がいることを理解する。
しかし、息が続かなくなり、苦しくなった。
力が入らない腕で目の前の人物を退かそうと必死で引張る。
オレの行動で誰か、は気付いたのか、ビクンと身体が強張ったのが分かった。

(誰だ……この人…女?男?)
ぼんやりと、目の前の人物の顔が見えてくる。


(あー、こいつか………)

オレはやっと目の前の人物が誰かを理解し――――

 

「――はぁ!?」

間抜けな声と共にやっと、オレの思考回路は動いたようだ。
完璧に覚醒した。
眠気なんてどこかに吹き飛んだ。
(な、なんでコイツ…え、ええ!?)
覚醒と同時にかなりの困惑状態。

「起きた?」
目の前の人物はニッコリと微笑み――ではない、獲物でも見つけたような肉食動物の目をしていた。

「た……たか、鷹史……っ」
「なあに?真田さん?」
ふふ、と至極嬉しそうに奴は言う。

あ!しまった――
と、思うと同時に目の前の肉食動物…いや、鷹史の目が光った――ように見えた。

「うん?なに?」
「…あ、いや……ぃ、岩松くん、なんでここ…に?」
オレは声が震えるのを止められなかった。
ドクンドクンとオレの心臓は早く鳴る一方だ。
これは、オレの本能が言ってる。

 

――ーヤバい―――

 

自分でも顔の筋肉が引きつるのが分かる。
暑くもないのに汗が出る。これが、冷汗というやつか。

「あんたが酔い潰れたのを介抱してたんだよ」
歓迎会での席とはまったく違う口調にオレはどんどん焦る。
これは、まさか―――

まさか―――…

思考回路が停止しそうなオレの肩を力強く押さえつけられる。
「――ぃッ……!」
肩の痛みに、思わず顔を歪めた。
「痛い?痛いよなぁ…そりゃ」
ニヤッと笑う鷹史はそれはそれは、楽しそうで、更に力を込める。
「――ッ!」
声にならない痛みが肩に走る。
オレの顔をじっとみていた鷹史は、フッと笑うと力を緩めた。
(……?)
急に痛みが無くなり、戸惑いと疑問がオレの頭を占める。
心臓の鼓動は速くなる一方で。
不意に、鷹史がオレに近づき、また腕を伸ばしてきた。
(殴られる――!)
瞬時に思ったオレは、目をギュッと瞑り、歯を食いしばる。
どうせなら痛みは小さいほうがいい。

しかし、オレの決意を無視したかのように痛みは来ない。
不思議に思い、ゆっくりと目を開けた。
と、また口を塞がれた。
「ッ!?」
今度は寝ぼけてないから、脳は正常に働いた。
オレの口は塞がれているが、それは鷹史の手ではなく、唇でだった。

「―――ッ!!?」

オレは驚愕に目を見開いた。
目の前には男前で整った顔が近くにあって――
「ふ…っ…んん…!」
身体を捩って、必死に鷹史の胸を叩いて押しのけようとするが、奴の身体はビクともしない。
(く…っそー……!)
怒りと、羞恥と、焦りがオレの中で渦巻く。
息苦しさで軽い眩暈を起こす。
「ぅぅー!……ッ!」
バタバタと全身で暴れて抵抗する。
あまりの苦しさに涙が滲む。
ゆっくりとした動きで鷹史は俺から唇を離した。
「―――っはぁ…っ……」
すぅっと一気にオレの肺に空気が入る。
(マジで、息が止まる…かと……)
ハッと、息を吸って何とか呼吸を整えようとする。
しかし、そんな間もなく鷹史はまたオレの口を唇で塞いできた。
「っつ…!?」
一瞬の出来事。
その一瞬に、事もあろうか奴は舌を入れやがった。
(ぅ、げ――!!)
オレの身体がゾクリと震える。
不快とも、なんとも言えないこの感覚。
鷹史の舌は容赦なく、オレの口内を犯す。
くちゅ、と唾液の混ざる音が口内で響く。
オレは、羞恥で顔をカッと紅潮させた。
鷹史の舌が、オレの舌を吸って、めちゃめちゃにする。
ゾクゾクと背中に何かを感じた。
(くそ、くっそ……やめ、ろ……)
どんなに心の中で罵声しても目の前の奴には届かない。
「……ふっ…く……っん…」
出る声は、オレの声でオレの声じゃない。
いつもより熱を帯びた声に、自分で寒気がする。
鷹史が唇を離すと、透明な糸が引いた。
それが、お互いの唾液だと思うと居たたまれない気持ちになった。


「――――雅美」


久しぶりに聞いた懐かしい名前。
この声でのオレの名前は、本当に久しぶりだ。
だが、今の声は明らかに熱を含んでいて、オレは顔を背けた。
「雅美、雅美……ま、…っ……」
鷹史は、オレの名前を何度も繰り返し呼びながらオレの顔中にキスを降らせる。
チュッと音がして、オレはボーっとなってた思考を無理やり動かした。
「や、止めろ!!」
思いっきり鷹史を押して、この行為を中止させたかった。
それでも、鷹史は行為を止めない。
まるでオレの声が聞こえてないかのようだ。
「や…、た、鷹史!!!」
気づくと、オレは奴の名前を叫んでいた。
その声にハッとして、鷹史は下にいるオレを見つめた。

「…雅美……っ」
途端に、鷹史は眉間に皺を寄せる。
苦しそうな鷹史の表情に、オレの動きが止まる。
(なんで、お前がそんな顔をする―――?)
「な、んだよ…お前、気付いて…たのか?」
オレが―――あの、真田雅美だって。
鷹史を睨むようにオレは呟いた。
ジッと無言でオレを見つめる鷹史。
奴が一体何を考えてこんなことをするのか分からない。
「当たり前だろ」
ボソッと呟くようにして、鷹史はオレを睨みながら言う。
見ると、鷹史の表情は怒りに変わっていた。
「あんたを、雅美を忘れるわけない。やっと…」
最後の方は小さくなった声で聞こえにくかった。
「…え?」
思わず聞き返したオレの耳には更に驚くような言葉が返ってきた。

 


「やっと、あんたを捕まえに来れたんだ」