幼馴染リーマン2

 

約数週間後に、歓迎会は開かれた。

そして、オレは極力鷹史との接触を避けていた。
逃げてる訳じゃなく、思い出して欲しくない。
もしかしたら、あの日の出来事は、まだ幼い鷹史の気の迷いだったかもしれないから。
これはアイツにとってもあまりいいものじゃないかもしれない。
だから、オレはなるべく鷹史と関わらないように、気づかれないように避けてた。

「おーし、今日は新しい新入社員の歓迎会だ!みんな記憶が飛ばない程度に飲めよ~」
今回の歓迎会の幹事である先輩が、生ビールを片手に始まりの合図をした。
この台詞で、少し緊張してた新入社員も笑顔になり、緊張が少し和らいだようだった。
(俺も気をつけよ。あまり強くないからな…)
過去に記憶を失う程飲んだことがあり、それから自重している。
まあ、あの時は馬鹿騒ぎやってた大学時代だったからでもあるが。

オレはチラリと新入社員へと視線を向ける。
男女比率は、やはり女子が少ない。
(今年は3名か…)
オレは女の子の人数だけ数えた。
ゆっくり見ていると一人の女の子と目が合った。
一瞬驚いて、目をパチパチさせる。
女の子はにこっと笑うとビールを持ってこちらに移動してきた。
そして、ゆっくりとオレの席の隣へと座った。
「こんばんわ、真田さん」
可愛らしい声でオレの名前を呼ぶ。
「あ、こんばんわ。オレの名前知ってるんだ?」
顔を見ると美人、と言うよりは可愛い感じの子だった。
オレは昔から美人系より可愛い系のほうが好きだった。
そんな子がオレの名前をよく覚えてたな…
「ええ、仕事ではまだですが、朝とかによく見かけましたので」
少し頬を赤く染めて小さな声で話す。
(可愛い……)
オレの彼女に対する印象は良かった。
こんなことを言われたら、男はみんな勘違いするぞ?いいのか?
心の中で彼女に問いかける。
「そっか。ねぇ、よかったら君の名前教えてくれないかな?」
微笑むように彼女の顔を覗いて尋ねる。
彼女は少し緊張しているのか、先程よりも頬を赤く染めた。
「あ、はい。私、仲村美樹といいます」
はにかむように彼女は言う。
「仲村さん?それとも美樹ちゃんって呼んでもいい?」
少し声のトーンを下げて言うと、彼女、美樹ちゃんは顔を真っ赤に染めた。
オレは自分で言うのもなんだが、そこそこの顔だと思う。
男前って訳じゃないが、女の子に嫌われるような顔ではない。
顔を真っ赤にしながら、「は、はい…」と照れて言う彼女を素直に可愛いと思う。
(こんな子を彼女にしたいな…)
ぼんやりとそんなことを思った。

と、美樹ちゃんがハッとしたようにオレの後ろ側を見つめた。
ん?と思い、後ろを振り返るのと声が響いたのが同時だった。
「こんばんわ、真田さん」
最初の美樹ちゃんと同じ台詞で、岩松鷹史は言った。

(なんでこんないい時に来るかなぁ…)
オレは気付かれないように溜息を吐いた。
オレの後ろにいる鷹史はにこにこ笑いながら、オレの隣へと移動する。
おいおい、なんでここに来るんだよ…
怪訝に思っていると、彼女、美樹ちゃんはパッと顔を赤くさせた。
「あ、あの岩松くんだよね…?わ、私同期の仲村美樹っていいます」
オレの時より顔を赤らめて一気に言った。
(おいおい、なんだこの雰囲気はよ~)
さっきまであんなにいい雰囲気だったのに。
オレより何倍もイイ男の、鷹史が近くにいればそりゃ舞い上がるか…。
今のオレの状況は、オレの右側に美樹ちゃん、左側に鷹史が座ってる状態だ。
出来れば、左側が女の子だったらもっといいのに…。
「ああ、よろしく。あ、そうだ…君は部長には挨拶してきた?」
「あ、いいえ。まだ…」
オレを挟んでの会話。
なんとなく、居たたまれなくてビールを一口飲む。
「そう。まだなら今行ってくるといいよ。酔う前のほうがいいんじゃない?」
ね?と笑いながら、鷹史は彼女に手を振る。
手なんか振られるとここに留まることは出来なくて、彼女は渋々と言った形で行ってしまった。
(あ~…まだ携番もアドレスも聞いてないのに~)
オレは名残惜しそうに彼女の後姿を見つめる。
「真田さんは飲んでます?」
そんなオレの姿に気づいてるのか、気づいてないのか、鷹史はお決まりのような台詞を言う。
不意に、昔の嫌がらせを思い出した。
(まさか、わざと…?……いや、コイツはまだオレに気づいてないはずだし)
オレのコップの中身が半分しかないことに気付いての質問か?
「ああ、飲んでるよ。君は?」
「君、じゃなくて、俺は岩松鷹史っていいます」
“飲んでます。”てな答えを想像してた俺は、帰って来た返答に少し驚いた。
「あ、ああ、ごめん。岩松…くんだね?」
慣れない苗字を呼ぶ。
昔から名前でしか呼んだことのない鷹史の苗字。
オレが呼ぶと一瞬、鷹史が顔を歪めたように見えた。
「そんな、俺は後輩ですから鷹史って呼び捨てで構いませんよ?」
(いや、それは俺が構うから…)
心の中で即答する。
今更、コイツを名前で?ダメだろ、そんなの速攻でバレてしまう。
「いや、いいよ。苗字で。」
首を振りながら答える。
鷹史は「そうですか…」と小さな声で呟くように言う。
残念そうに見えるのはきっとオレの気のせいだよ、な?


「あ、真田さんのもう空っぽですね。注ぎますよ。」
「あ、さんきゅ…」
どうやら自分で気づかないうちに飲んでたらしい。
見ると、オレのコップは空になってた。
隣でビールをとくとくと注いでいる鷹史を盗み見る。
(やっぱ、男前になったなぁコイツ)
しみじみと思ってしまう。
最後に会ったのは、まだ鷹史が高2になる手前だった。
あれから、6年。
そうか、もうそんなに経つのか……。
注いでもらったビールに口つけ、一口含む。
苦い、がこれがビールを飲んでると思わせて美味しく感じるのだ。
もうあの時の、まだビールを苦いと、あまり好んで飲まなかった頃のオレじゃない。
大人、になったのだろうか。
自分も、鷹史も。

「た…岩松くんも飲んでる?」
思わず、鷹史と言いそうになったのを上手く誤魔化す。
いや、上手く誤魔化せたかどうかは分からない。
「ええ、飲んでます」
にこっと、女の子ならコロッと恋に落ちてしまいそうな笑顔を向ける。
なるほど、これなら先程の美樹ちゃんの態度も納得いく。
「焼酎なんて飲めます?」
チラッと鷹史は上目遣いでオレを覗きこむように聞いてきた。
「飲めるぞ」
少し、小馬鹿にされたような気がしたので、堂々と言い放つ。
ふん、お前より年上のオレが焼酎如き飲めないわけないだろ!
なんて思ったのは、もちろん言わない。

「じゃあ、どぞ。飲みましょ」
「おう」
にこにこ酒を勧める鷹史に負けないように、オレはどんどん酒を飲む。
少しオレの顔に赤みがかかった頃、鷹史の隣に誰かが座った。
チラッと除くと、そこには先輩である野口真由子(のぐち まゆこ)先輩がいた。
社内で美人だと有名な先輩だ。
そんな彼女が、何故?
いや、ふと思ったがすぐに何故か理解できた。
「はじめまして。君が新入社員の、岩松鷹史くん?」
彼女は酔ってるのか、頬が少し赤く染まっていた。
誰の目から見ても彼女は美人だろう。
長い髪がサラサラと揺れ、豊満なボディは男を虜にするような魅力だ。
香水だろうか、フワリといい匂いがこちらまで香ってくる。
「ええ、初めまして。」
ニコッと、戸惑う様子ひとつない鷹史に場慣れしてるのか、と納得してしまう。
(こんだけいい男じゃ周りがほっとかないな)
オレも誰か、女の子に声でも掛けようかな……あ、美樹ちゃんとか…
くるりと鷹史に背を向ける状態で周りを見渡す。
しかし、お目当ての美樹ちゃんは別の社員と話してて…って!あれは太田じゃねーか!
(そう言えば、太田とは好みが微妙に似てたっけ…)
そりゃ、オレより太田のほうがカッコいいけど……
今からでも遅くないかな…。
でも二人の間に入るほどの勇気はオレには無くて。
少し体を前にずらした途端―――――

勢いよく、誰かに腕を掴まれた。
前のめりなってたオレの身体が、後ろへとずれた。
「真田さん、何所に行くんですか?まだ話しましょうよ」
「――え」
腕を掴んだのは、さっきまで野口先輩と話してた、鷹史だった。
振り向くと、野口先輩はまだ居た。
見ると、驚いたように先輩は鷹史を見ていた。
「あ、だって、野口先輩と話してるし…」
なんか、言い訳みたいなことを言うオレ。
てか、頼むから先輩と話してろよ!
俺は美樹ちゃんのとこに……!
って、そんな勇気なかったが、この際別だ。
「彼女はオレへの挨拶で来ただけですから」
(え、そうなのか……?)
チラリと見るととても不満そうな先輩の表情が見えた。
どう見ても不満そうなんですが…。
しかし、そんな風に断定されると言いにくいのか、先輩は反論しない。
それでもその場から退かない野口先輩に鷹史は、
「それとも、何か大事なお話でしょうか?」
なんてふんわりとした笑みで問いかける。
「っ…いえ、それじゃ失礼するわ」
野口先輩が眉を寄せたように見えたのは、きっと気のせいじゃないだろう。
そのまま先輩は去っていく。
その後ろ姿は文句なしのプロポーションだ。
思わず見とれてしまう。

「真田さん?」
オレの顔を覗き込むように鷹史が名前を呼ぶ。
ハッとしてオレは視線を逸らす。
「なんでもない。それより良かったのか?野口先輩、かなりの美人だし――」
「あーゆー人が好みですか?」
勿体無くないか?なんて聞こうとしたオレの質問に被せるように問いかけられた。
「え、好み?」
思わず、そのまま聞き返す。
真顔の鷹史の表情に少しだけ緊張してしまう。
コイツの真顔にはろくなものがない。
「さっきの人みたいなのが好みですか?それともあの人が好きなんですか?」
「あ、いや――好みってか、あ、憧れみたいなのだし…」
そんな真剣に問われるとは思ってなくて、ついどもっってしまう。
(それに――)
「それに、好みならさっきの美樹ちゃんのほうが好みかなぁ」
口の端を上げて、思わず本音を言う。
相手が誰かをオレは少し忘れかけてたかもしれない。
「へぇ…」
声のトーンが低く落ちて、オレの身体は反射的に強張った。
すぐに鷹史の顔を見たが、先程と変わらずニコッと笑ってビールを飲んでた。
なんだ、聞き違いか?
そう言えば、なんだかボーっとしてきたかも。
今日は自重したはずなんだが…。
オレは自分の手元を見ると、ついさっき入れたばかりの焼酎3杯目が空になっていた。
(え、まさかオレ…無意識で飲んでた?)
危ない。
オレが無意識で酒を飲む時は、記憶を飛ばす前兆のようなものだ。
もう止めよう、と隣でまた酒を注ごうとする鷹史に制止の声をかける。
「あ、岩松くん。もういいよ」
「――え?もう、飲まないんですか?」
何故か、“もう”の部分に強調されたような口ぶりで言われ、ムッとした。
きっと酔ってるオレの顔にははっきりと眉間に皺が刻まれてるだろう。
「もう、酔ったんですか?」
まさか、ですよね?なんて目でオレの顔を覗き込む。
(こ、こいつ……ムカつく…!)
これが、鷹史の挑発なのか真面目に聞いてるのか、酔った頭では考えようともしなかった。
「―――まさか。オレがこんなので酔うわけないだろ」
フン、と鼻で笑ってからオレは鷹史の目の前に空になったコップを差し出す。
「ですよね。はい、もっと飲みましょう?」
途端、笑顔で酌をする鷹史を上目遣いで睨む。
が、奴には効かないのか、気付きもしない様子だった。
(――チッ、馬鹿にしやがって…)
先輩として、そしてオレのプライドにかけて負けてたまるか!なんて気持ちで注がれた焼酎を一気に飲む。
飲み終わった後は、隣で拍手して笑ってる鷹史へと睨むことを忘れない。
どうだ!とニヤリと笑い、鷹史の様子を見た。
と、同時にクラッと目の前の世界が歪んだ。
酷く頭がボーっとする。
きっと、一気に飲んだ酒や今まで飲んだ量の酒の所為だ。
前の机に突っ伏して、「う~」と声が出た。
クラクラする……なんか、世界が歪んで見える…

「大丈夫ですか?真田さん?」
心配そうに肩に手を置かれて、耳元で声をかけられる。
(大丈夫にきまってんだろぉ?バカ鷹史~)
言いたい言葉が言えず、呂律が回らない。
首を縦に振って片手を上げてプラプラ振ってみせる。
「――さ…?……ぃ……ょ……?」
遠くで何か聞こえるが、しっかりと言葉の把握が出来ない。
誰が、何を言ってるのかさえ分からなくなってきた。

(うっせー……黙れ、……た…か……)


そこで、オレの記憶は途切れた。