【友達以上、恋人未満】3

 

「3日に一回はキスさせてくれ」


オレの頭は既にスパークする寸前だった。
目の前の男は真面目くさった顔で堂々と言ってのける。
そもそも、なんで奴のほうが強気なんだ?
まるでオレのほうが無理なお願いをしているようだ。

「なん、だって……?」

こめかみの辺りがピクピク引きつる。
「何もせずに一緒にいるのは無理だから、せめて3日に一回はキスを…」
「だ、黙れ!!」

淡々と話す鷹史に常識というものを望んだのがいけないのか?
思わず、強い口調で遮る。
「雅美が聞いたんだぞ?」
「そうだけど…、じゃなくて!無理なのはお前の都合だろ?オレは無理じゃないからキスとかしない!」
顔を紅潮させて、息をザーハーさせながら答える。
「――ふうん。でも、一緒にいてもいなくても何もさせてもらえないんなら、どの道襲うぜ?」
「――――っ!!?」

オレの必死な反撃もものとせず、簡単に切り返される。
驚きで声も出ない、とはこのことか。
「だったら、キスさせて一緒にいるほうがいいんじゃないか?」
ニコ、と女性ならクラリときそうな笑みで話す。
だが、生憎オレは女性ではなくれっきとした男だ。
この極上の笑顔に殺意が芽生えても仕方ない、と思いたい。

 


◇◇◇

そんなやり取りをして、もう二日が経つ。
いつ、どこで奴の奇襲(キス)が来るのか分からず、内心ヒヤヒヤしながら日々を送っていた。
(そろそろ、なのか…?)
そう思う度に、まるで自分が鷹史からのキスを待ってるかのようで嫌だった。
でも、考えずにはいられない。
結局、この奇妙な条件を飲んでしまったオレは、これから鷹史からのキスを拒むことが出来ない。
了解を得ているのだから、嫌だ!とか、やめろ!とか、言えないのだ。
そう考えるだけでも憂鬱だ。

しかも、焦ってるのはもちろんのことオレだけ。
鷹史は余裕で日々を送っている。
きっとオレがそわそわして焦ってるのを内心楽しんでいるに違いない。
そう思うとムカムカしてきて視線は自然と鷹史へと向き、睨んでしまう。
オレが睨み過ぎなのか知らないが、時々鷹史と目が合う。
その時の気まずさと言ったら――――!!

ここ二日は、こんなことの繰り返しだ。
たった二日だけでうんざりなのに、これをいつまで続ければいいんだ。
知らずに、溜息が出てしまう。

「雅美ー、隣で何回溜息吐けば気が済むんだ~?」
呆れたような声が隣から聞こえた。
見れば、苦笑いした太田がいる。
「何回?オレ、そんなに溜息吐いてた?」
この状況じゃ溜息も吐きたくなるさ。
だが、状況が状況なだけに太田には言えない。
「無意識かよ。朝から溜息ばかり聞かされてみろ、俺も溜息吐きたくなるぞ」
そう言いながら太田は、「はぁ~」と本当に溜息を吐く。
その様子に思わずプ、と笑ってしまう。
「おいおい、お前の所為だろ?笑うなよ」
言いながら太田はオレの頭に手を乗せ髪をぐしゃぐしゃする。
「わ、なにすんだよー」
「悩むのはいいけど、あんま溜め込むな?」
頭を撫でる手は止めず、けれど優しい声で慰めてくれる。
(やっぱ、太田は良い奴だな~)
身近に俺様な奴がいるからか、太田が癒し系に見える。
見た目は全然違うけどな。

だから、ほのぼのと癒されてるオレは、遠くで俺様な奴が物凄い視線で睨んでることに気付かなかった。

 

 

「いでッ!?」
ドン!と大きな音を立てて背中を壁に叩きつけられる。
目の前には鷹史の鬼の形相。
一体何だってこんな怒ってんのか。
仕事が終わり、さあ早く帰ろうと思ってたオレの腕を無言で掴み、強引に引っ張ってここ、資料室に連れて来られた。
「なんなんだ!いきなりこんなとこ連れてきたと思ったら、突き飛ばすことねぇだろ!?」
打った背中が痛く、オレは眉間に皺を寄せる。
それなのに、鷹史は聞いていないのかオレの言葉を無視して話し出す。
「あいつ、誰だよ」
「―――は?誰、って??」
鷹史が誰を指して言っているのか分からず、間抜けな声で聞き返す。
「昼間にお前の頭を馴れ馴れしく触ってた奴だよ!」

(昼間?馴れ馴れしく?………あ)

ふと、昼間の光景が思い浮かぶ。
「あー、もしかして太田のことか?」
「太田?」
「ああ、隣のデスクで、同期のやつ。」
「へぇ……、んで、同期の奴はなんで馴れ馴れしく頭なんか撫でてくんだ?」
「馴れ馴れしく…って、あいつは親友だ。いい奴だぞ?今日だって溜息吐いてたオレを慰めてくれたし」
と、そこで溜息を吐いてた原因が目の前の人物の所為だと思いだす。
「そもそもお前の所為で悩みが尽きないんだぞ!」
「ほぉー俺の所為、だと?」
「そうだよ!」
口の端を上げた鷹史を睨みつける。
すると、俺の顎を掴み、親指で唇をなぞる。
「この唇に、いつキスされるのか、って悩みか?」
「――――――ッ!!!」
クツクツと笑う音が耳元で聞こえる。

(―――くっそうぅ……!)

顔を真っ赤にして、でも図星を指摘されて何も言い返せないオレ。
恥ずかしさで目の前の鷹史から顔を逸らす。
すると、更に顎を掴む手に力を入れて顔の向きを戻される。
「こっち向けよ」
「や、やだよ…ッ!」
「俺を見ろ」

グイッと強引に鷹史のほうへ顔を向けられる。
意地悪な顔でも、怒っている顔でもなく、真顔でオレを見つめる目と出会う。
「簡単に触らせるな…」
「んな無茶言うな!」
「あんたは俺のもんだ……」
呟くように言うと、鷹史の顔がどんどん近くに映る。

「―――っ」

キスされるのだと、息を呑む。
急に恥ずかしくなり、思わず目を閉じてしまう。
「…ん、………っは…」
鷹史のキスは軽いものなんかじゃなく、深い深いキスだった。
強引に舌で唇を開けて、奥にあるオレの舌に触れてきた。
ゾクリと背筋が震えた気がした。
「……ん……」
慣れてる感が分かり、なんだか無性に腹が立つ。
同じ男なのにリードされるのが癪で、思わず反撃してやろうと思った。

(――くっそ~)
奴の腰に腕を回して、舌に吸いついてやった。
「―――――ッ!?」
びっくりしたように、鷹史の舌の動きが止まる。
口を放して、ニヤリと笑ってやる。
「どうだ、びっくりしたろ」


「………ああ、思わず勃つかと思ったぜ」

「――――ぶっ!!?」

な、なんてこと言うんだ、こいつ!?
思わぬ返答に噴き出すオレ。
顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせてるオレは、さぞや間抜けな顔だろう。

「ま、こんなとこで襲ったりしないから安心しろ」
「あ、安心なんか出来っか!!こ、この……ケダモノ!!」
「ケダモノ、ねぇ……くく、まぁ褒め言葉として受け取るぜ?」
そう言うと、不敵に笑い、オレの口にチュッと掠めるようなキスをしてきた。
「な――――――ッ!!?////」
更に真っ赤な顔で固まるオレを見て、満足そうな顔でその場を去って行った。


(―――く、悔しい~~~!!!)


年下の男にここまでしてやられるとは……!!
オレなんかよりよっぽど経験もあるだろうけど……それでも、分かってても悔しい!

反撃は、出来た。
出来た………が、更に反撃されたオレって……やっぱりアイツには敵わないのか…?

ここまで来たら、只受けるのも癪だ。
こうなったら―――


(こうなったら、アイツのキスでオレのレベルも上げてやる!)

(それで、鷹史をアッと驚かせるほど上達してやる!!)

 

オレは変な目標を掲げたことに気付かず、だが真剣に拳を握りしめていた。