【友達以上、恋人未満】2

 

 


あれから数日が過ぎたが、オレの機嫌は最悪だった。
あの後、結局鷹史の手によってイかされてしまったオレのプライドはコナゴナだった。
ましてや、仕事をしに来ている会社でされたという事実も腹立たしい。
ということで、オレは怒っている。
だから、オレは鷹史を徹底して無視している。
いや、しかしオレも大人だ。
仕事となれば無視することも出来ない。
仕事の用事があれば無視はしない、


―――しないが、オレから話さなくて済むように別の誰かにそれとなく要件を頼む。

まあ、それでも皆それぞれ忙しいからそんなに頼めないが。
オレから話かけても目を合わせない。
必要なこと以外は 絶 対 に 口にしない徹底ぶりだ。
初めはアイツも反省しているのか、オレの行動に納得しているようで文句を言うことのなかった。
しかし、ここ数日はオレの徹底ぶりに我慢できなくなったのかしきりに声を掛けてくる。
だめだだめだアイツは悪魔なんだから耳を傾けちゃダメ!と自分自身に言い聞かせて無視を通してる。

そもそも、男同士だからって本人の意思に関係なく……あ、あんなコトするなんて……強姦と同じじゃねーか!
そりゃ、まぁ……それなりに、き 気持ちよかったけど…………って!!!!
今は、んなこと関係ないんだっての!!


そんなこんなで、オレが鷹史を無視し続けてもう3週間が過ぎようとしていた。

 

 


◇◇◇


(気が狂いそうだ………!)

これが今の俺の心情だろう。
愛しい愛しい雅美が目の前にいるのに冷たい所か、まったくの無視。
前に会社で雅美に思わず欲情してしまい、少し悪戯めいたことをしてしまったのはやり過ぎたかなーとは思ってる。
だから初めはそれを甘んじて受けとめようと努力していたが……それも、もう我慢の限界だった。
何よりも愛する想い人が目の前にいて話もしてくれないなんてどんな拷問だ!
しかもそれがもうすぐ3週間過ぎようとしているのだ。
苛立ってても仕方ないと思う。
(雅美もなんだってあんなに怒ってるんだ…?)
あんなに気持ち良さそうだったのに―――。
だからこそ、余計に怒っているのだと鷹史は気付かない。
そう。そして、鷹史は今日こそは雅美と話をして、まずは謝ろうとレベルの低い関わりを掴もうと必死だった。


とりあえず、自分の仕事はさっさと終わらせて雅美が終わるのを待つしかない。
もともと要領のいい鷹史は、まだ入社して数カ月しか経ってないがほとんどの業務を覚えていた。
今日こそ、自分が要領良くて助かったと思う日はない。
案の定、まだ雅美はデスクに向かっている。
さて、どうするか。鷹史は考える。
ここで何もせず待つのもおかしい。
かといって入口で待てば目立ってしまう。

そこまで考えて、ふと鷹史は前に行ったことのある雅美のマンションを思い出した。
そうだ。家の前で待ち伏せすればいい。
思わぬ名案に口の端が上がる。
それと同時に、この俺がわざわざ待ち伏せするとは…と昔の俺からは想像出来ないな。
周りの友人が知ったらそれこそ、「病気か!?」と騒ぎそうな程だ。
そう思うものの、今の自分の状況にはそれなりに楽しんでる。
相手が、雅美―――好きな相手だとこうも変わるのか、と改めて感じる。
ここまで来たのだ。
もう、雅美を逃がすつもりもないし、他の誰かにやるつもりもない。
確実に自分のものにする。
(あんたは俺のものだ。あんたも、俺と同じ気持ちになればいいんだ…)
デスクに向かっている雅美の背中を舐めるように見つめて、鷹史はその場を後にした。

 


◇◇◇

今日も無事になんとか終わった。
もちろん、鷹史とも喋っていない。
鷹史を無視し続けて一か月が経とうとしている。
無視していてもオレの頭の中を占めてるのは、アイツに変わりない。
かといって、ガキじゃあるまいし、これがずっと通用するとは思っていない。
いつか決着付けないと、オレも鷹史も前に進めないのだ。
でも、今はまだその勇気は無く、もう少しだけ…と自分に甘くしているのも十分分かっていた。
重い体を引きずる様にして自分のマンションに着いた。
今日の夕飯は何にしよう―――と主婦的なことを考えているオレの視界にとんでもないものが飛び込んできた。
オレの部屋の前にデカイ図体した人が扉に寄りかかるようにして座り込んでいる。
それは、遠目でもハッキリ分かるほどの人物。

(た、鷹史―――ッ)

思わず息を呑む。
体もそのまま固まったように動かない。
逃げよう――そう思っても自分の部屋は目の前。敵も目の前。
(ど、どうする!オレ!?)
某CMのような台詞が浮かぶが今は笑えない。つーか、笑う余裕がない。
進むことも逃げることも出来ないオレに、悩みの元凶である敵が動き出す。

「……ん…」
眠っていたのか、鷹史は眼を擦りながら呑気に欠伸なんてしている。
ぱち、と目線が合えば、オレの体は更に身動き出来ない。
自分の部屋に帰ってきただけなのに、なんでオレが気まずい思いをしなきゃいけないのか。
「雅美…」
呟くように鷹史は言う。どこか夢心地だ。
まだ寝ぼけているのだろうか。
「どけよ」
寝ぼけているなら、素直かもしれない。
オレは強い口調で言い放つ。
そうだ。オレは仕事の疲れを早く癒したいんだ。
お前なんかに構ってられるか!
半ば、鷹史を押しのける様にして扉を開く。
「お前、入って――」

―――バタン。


くんなよ、と続くはずだった言葉は閉じた扉の音に邪魔された。
扉を閉じたのは他でもない。鷹史だ。
オレに抱きつくようにして強引に入ってきた。
瞬時に反応できず、呆気に取られて鷹史を見上げる。
「――な、…ッ!!」
文句を言おうにも、鷹史は更に強く俺を抱きしめる。
それは、強引だけれども、どこか縋るような仕草にも思えた。
「悪い。待ち伏せした…」
いや、そのことよりも強引に入ったことを謝れよ。
と、冷静に考える自分もどうなのか。
「でも、どうしても話したかった…」
どこか切羽詰まったように聞こえるのは気のせいか?
「だ、だからって…部屋の前で、とか……卑怯、だろ」
こんな状態の鷹史を引き離すのは気が引けて、行き場のない手をブラブラさせる。
「悪い」
今日は謝ってばっかだな。
いつもの強引さはなく、どこか捨てられた犬のようだ。
これでは、いつものように強気に反撃出来ない。
(う……、これじゃあなんか、オレが苛めたみたいじゃねーかよ)
段々、ここ一か月の自分の態度を思い出す。
仕事の内容以外は徹底無視。
声を掛けられても反応もしない。
避けるように鷹史の前には姿を現さない。
思い出していく内に、自分がとんでなく酷いことしたように思える。
(ちょっと、やりすぎた…?)
今更反省みたいなことを考えるが、遅い。
でも、そこで徹底無視した原因を思い出す。
途端に顔を紅潮させ、そのままにさせてた抱擁を突き飛ばすようにして解く。

「雅美?」
急に突き飛ばされて驚いたのか、鷹史が少しだけ目を見開いてる。
でも今はそんなのに構ってられない。
そう、怒りの原因を思い出してしまったからだ。
(オレは、コイツに――力で抑え込まれ、イかされたんだ―――!!)
一か月も前のことなのに、こんなにも鮮明に思い出せて瞳が自然と潤んでいく。
「お、オレは!怒ってんだぞ!!あ…あんな、こと―――」
顔はどんどん真っ赤になって、今にも泣きそうな顔だ。
自分が情けない。
これが成人男性の態度か…?
なんか自分が惨めに思えて仕方がない。
オレってこんなに弱かったか?
弱い――そうかもしれない。
年下の幼馴染には、見た目はもちろん力も能力も敵わない。
昔はそれが自慢だった。
年下の幼馴染はみんなの憧れの的だった。
そんな奴がオレに懐いてくれたのが嬉しくて。
でも、共にいることに自分のコンプレックスを刺激されたのも事実。
悔しい、と思う反面嬉しい気持ちのほうが勝ってたんだ。
だからこそ、昔にされたこと、この前された力のみの支配は許せなかった。
される度に感じてしまう、劣等感。
(オレの、気持ちの問題なんだろうな…)
顔を伏せ、ぼんやりと考える。
すると、頭上から申し訳なさそうな声が響く。

「悪かった…、前の、その力づくでやって……」
「…………」
嘘ではない、と思う。
昔から鷹史は嘘や誤魔化しで謝罪するような奴じゃない。
それは幼馴染のオレがよく知ってる。
「お前を傷つけた…、同じ男にされて、嫌じゃないわけがないもんな」
そうだ。だからもう二度と―――

「でも、我慢出来ないくらい好き、だ――」

いつの間にオレは顔を上げてたんだろう。
目の前には鷹史の顔があって。
でも、その表情はいつもと違って、悲痛な情けない顔をしていた。
(コイツでも、こんな顔すんだ……)
ただオレは鷹史の表情に見惚れた。
大人になったコイツは俺様で強引で強気で我儘で、こんな――。

こんな、弱い顔をするなんて想像もしてなかった。

「待ち伏せするほど、話したいと思えるような奴いなかった」
「こんなに我慢することも初めてだ」
「いつも余裕で、相手が必死になるのが当たり前だった」
「相手が去って行くのなんか笑顔で送れたし、辛いとも思わなかった」
「浮気しようが、何しようがまったく心は動かされなかった」
「いつも冷めてて―――」

「って待ったぁ!!!」
ベラベラ喋る鷹史をこれ以上暴走させてはいけない。
言葉の途中で遮るように声を荒げた。
「待て待て!お、お前…今までそんな恋愛してたの?」
きょとん、とした顔でこくり、と物わかりのいい子供のような仕草で頷く。
頭がクラクラしてきた。いや、これは頭痛か…?
図体だけでかくなった只のガキじゃないか。
「お前――よく今まで刺されなかったな…」
真顔で言うオレを分からない、という顔で見つめてる。
男の中で、最低最悪な奴じゃないか!
「あのなぁ、それはあまりに女性に対して失礼だろう」
「そう、なのか…?」
「そうなんだよ!逆で考えろよ、もし好きな人に同じようなことされてみろ――」
そこでオレはハタと気づく。
コイツの好きな人って、そういえばオレ――!?
しばらく黙って考えてる鷹史の眉間が段々皺が寄ってく。
かと思いきや、ボソリと呟く。
「―――殺す」
「…………は?」
「浮気相手を殺す。本気だってんなら雅美も殺す。」
鷹史の瞳には怒り、いやこれはもう憎しみが宿ってる。
(こ、こえ~~~~!!!!)
オレの全身は鳥肌が立ち、見えない恐怖に体が震えた。
「俺以外のやつが雅美に触るのなんか耐えらんねぇ…」
行き過ぎた執着、嫉妬心に恐怖するものの、どこかドキッとした。
こんなに想ってもらうのなんか初めて、かも――。
「でも、そうか……今までの女がしてたようなことを今の俺がしてんのか」
フッとどこか嬉しそうな響きに聞こえるのは気のせいか。
「ま、まぁそういうことだ。二度とすんな、よ…」
説得しようと思ってたが、話が思わぬ方へ進みそうなのでこの辺で引いとく。
「ああ、二度としない。相手が雅美なら」
嬉しそうに笑いながら、鷹史はもう一度オレを抱きしめようとする。
「って、なにすんだ!抱きつこうとすんなよ!」
「なんで?許してくれたんじゃないのか?」
慌てて両手で制止しようとするも、鷹史は怪訝そうな顔をする。
「許すなんて言ってないだろ!」
「――許してもらえないのか?」
眉を下げて聞いてくる鷹史はデカイくせに今は小犬に見える。
オレ、視力下がったかな…?
「う……、その、お前が本気だってのは分かったよ…でも」
「でも?」
顔を覗き込むようにして見つめる。
「でも、前みたいに力づくですんな」
「…………それは、力づくじゃなきゃいい、ってことか?」
「ち、違う!あーゆーことは、すんなって言ってんの!」
思い出したくないのに、言葉を濁せば濁すほど思い出してしまう。
「……………で?」
「だから、その――あーゆーの無しなら、一緒にいてもいい、ぞ」
顔を真っ赤にさせて、けれどオレにしては中々の妥協案だ。
なのに―――

「無理だろ」

妙にハッキリした口調で鷹史は言いきった。
見ると、情けない顔なんかじゃなく、無表情でいて掴めない顔をしてた。
「無理、って……」
「無理だって。俺は雅美が好きなんだぜ?今だって我慢してんのに」
「なんだそれ、じゃあ一緒にいれば絶対触んのかよ!?」
「そういう意味じゃないけど、いつか爆発するって言ってんの」
爆発って……お前は爆弾か!!
「―――でも、そうだな。これ以上お前に嫌われんのも嫌だし。わかった」
「じゃあ―――」
「ただ、これは約束して欲しい」
(――約束……?)
胸の辺りがザワリと騒いだ。


「3日に一回はキスさせてくれ」