幼馴染リーマンⅡ4

 


あれから、二ヶ月が過ぎた―――。


鷹史とはあれ以来、プライベートで会っていない。
避けられるかと思いきや、会社ではいつも通りの“後輩”として接してきた。
しかし、オレ様な"幼馴染”として接することはなくなった。

どうせ数日もしたら、鷹史から何か言ってくるだろうという考えはあっさり消えた。

 


◇◇◇


「真田さん」
ハッとしてオレは顔を上げた。
しかし、そこにはオレの予想していた人物ではなかった。

「ぁ……美樹ちゃん…」
思わず、奴の名前を呼びそうになりそうになった。
「こんにちは」
ニコッと可愛らしい顔で挨拶してくるのは、あの歓迎会で知り合った美樹ちゃんだった。
「こんにちは、どうしたの?」
「今日、早く終わっちゃって…それで、この前の歓迎会であまりお話出来なかったから…」
少し頬を赤く染めて言う美樹ちゃんははっきり言って可愛い。
――が、先程までオレの頭の中を占めていたのは全く可愛げもないような奴で……。

「そっか…ね、オレももう上がりなんだけど、もし良かったら今日食事でもどう?」
オレは頭の中でこれ以上余計なことを考えたくなくて、ヤケクソのような気持で誘った。
「え、いいんですか?」
パアッと嬉しそうに顔を綻ばして、笑顔になる彼女に少し罪悪感を感じる。
それと同時に嬉しさもあった。
「もちろん。あと少ししたら出ようか」
ニコッと笑うと彼女は恥ずかしそうに微笑んで頷いた。

 

帰る準備をして、彼女の肩に手を乗せて会社を出た所で会ってしまった。
「――――ッ…」
名前を呼びそうになって、慌てて止めた。
彼女の前で“鷹史”と呼んでしまいそうになったから。
向こうも気付いて目を見開いて驚いている。
しかし、すぐにフッと口の端を上げて笑ったように見えた。

「さよなら。」
軽く挨拶して、鷹史はオレたちの横を通って行った。
「――なんか、変でしたね?岩松くん」
「――――えっ!?」
勢いよく彼女の方に振り返った。
彼女はオレの顔をジッと見ている。
「喧嘩でもなさったんですか?…なんか、一瞬泣きそうな顔してましたけど…?」

(―――泣きそう?……鷹史が?)

何で?どうして?
疑問が頭を霞める。
しかし、悩んだところでオレにはどうしようもないじゃないか。
もし、追いかけても何も言うつもりだ。
しかも、隣にはオレから誘った美樹ちゃんがいる。
彼女を置いて、追いかけることなんか―――。

「……喧嘩、なんかしてないよ。大丈夫。それより行こうか」
自分に言い聞かせるように言う。

“大丈夫”

きっと大丈夫だから。

不思議そうに見ていた美樹ちゃんは、オレに急かされるようにその場を後にした。

 

さっきの鷹史の顔が忘れられない。
どこか、自嘲気味な笑いだった。
確かに、言われてみると泣きそうな顔をしてたかもしれない。

もしかして、あいつまだオレのこと―――


「……ッさん?」
ハッとしてオレはここが何所か一瞬忘れてしまった。
目の前には美樹ちゃんがいる。
ああ、そうか。ここは美樹ちゃんと食事をしに来た先のレストランか。
どうやらボーっとしてたみたいだ。

「どうしました?お疲れですか?」
「――ぁ、いや。ちょっとボンヤリしてたみたいだ…ごめん」
女性を目の前にしてボンヤリなんて信じられない。
しかし、彼女は怒ることもなく心配そうにオレを見上げてる。
(―――可愛い、な…)
どこかホッと暖かい気持ちになる。
つい顔が綻ぶ。
「―――ねぇ、美樹ちゃんは恋人いるの?」
「…え」
カァっと顔を赤く染めた美樹ちゃんを見て、オレは自分の発した言葉の意味を理解した。
あ、しまった。思わず…。
「い、いません…」
顔を真っ赤にして俯くような形で顔を伏せた。
声が小さくなってもじもじしてる姿が可愛い。
フと、急に鷹史の顔が浮かんだ。

(――――な、んで……ッ?)

思わず自分に問いかける。
なんで、こんな時に鷹史の顔を思い出すんだよ、オレは。
軽く首を振ってそのまま続けた。

「ならさ、オレと付き合ってみない?」

ハッとした表情でオレを見上げる美樹ちゃん。
顔を真赤にして、しかし次の瞬間には戸惑ったような表情になった。
困惑するのも無理はない。
たった二回あっただけで付き合う?なんて可笑しいか。
そもそもオレは彼女のことを好きなのだろうか…?
でも、彼女からはOKが貰えると勝手に勘違いしてたオレは軽く考えてた。
「あ、あの―――…聞いてもいいですか?」
え?なんて声を出す前に彼女は続けた。
「もしかして、真田さんって、今好きな人いるんじゃないですか?」
ドキッとした。
その瞬間にオレは何故か、鷹史の顔を思い出したからだ。

(だからっ…なんであいつの顔が――)

戸惑ったオレの顔を見て、美樹ちゃんは悲しそうに笑った。
「やっぱり――。駄目ですよ、自分の気持ちを隠しちゃ…」
ね?なんて言う彼女の笑顔はやはりどこか悲しいそうに見えた。
「そ、んな…オレに好きな人なんか―――」
「いいえ。いますよ。ただ、真田さんが認めてないだけです」
きっぱりと言い放つ彼女は、さっきまで顔を真っ赤に染めてた美樹ちゃんとは別人のようだった。
「それに―――」
目線を下に移して、どこか遠くを見るような目つきで言う。
「自棄で私に告白なんて、やめてくださいね…」
ハッとした。
彼女は、気付いたのだろう。
オレがそこまで彼女を好きではないことを。
ほとんど自棄で告白をしたことを。

そして、オレはどんなに愚かで最低なことをしたことに気付いた。


彼女との別れ際に言われた言葉がまだ頭に残ってる。
「私、分かるんです。前にも同じようなこと、ありましたから…」
「――えっ」
「あ、でも大丈夫です。――だから、早く素直になって好きな人に告白してくださいね」
ニコッと笑う彼女は可愛くて、大人の女性だった。
オレも攣られて笑顔になる。
彼女は一体どこまで分かってるのだろうか。
オレは「ごめん……そして、ありがとう」と言って彼女と別れた。

 

逃げてちゃダメなんだ。
理由なんか分からなくていい。
とにかく、オレの頭が、本能が赴くままに行動してみよう。

結果は、その時になって考えればいい。

 

―――それが、どんな結果でもオレは受け止めてみせる。