幼馴染リーマンⅡ3


「お前はオレを強姦したようなもんだぞ!」
「ま、待てよ!まだヤッた訳じゃ…!?」
鷹史は焦ったように弁解する。
ヤッてなくても、あれは襲ったことに変わりない。
「なにぃ!?人の乳首な、舐めやがって……!」
オレは、カッと顔を赤くして怒鳴る。
「あれは……その、雅美が他の男とヤッてんのかと、思ったら…腹立って…」
もごもご言いながら、眉間に皺を寄せている。
オレが、何が悲しくて男としなきゃならんのだ!?
鷹史の言い分に更にオレは怒りに任せて怒鳴る。
ある意味、ストレス発散。
「ありえないだろ!!オレは女の子とだってまだ――」
言いかけて、オレはハッとして両手で口を押さえる。
しかし、鷹史はオレの言葉の意味をしっかり理解していて――。
ニヤリ、と嫌な笑い顔でオレへと近づいてくる。
(―――くそっ!オレの、馬鹿野郎!)
自分自身の間抜けさに腹立つ。
なんで自分はこうも余計な事を口走ってしまうのだろうか。
しかも、よりにもよって……こいつの前で。

「へぇ…雅美、女との経験もなし?」
とても嬉しそうに話す鷹史を無言で睨みつけた。
「――――――悪いかよ…」
ぶっきら棒に言うオレに、鷹史の顔は更に崩れる。
せっかくの男前な顔が台無しだ。
にへー、と気持ち悪いくらい顔が崩れてる。
「いやぁ、むしろ嬉しいな~。そうかそうか、まだ未経験か~」
鷹史は、ニヤニヤ笑ってオレの心を傷つける。
奴は気付いてないのか、終始笑顔。

―――憎い。


殺意が芽生えた瞬間だった。

 

 

◇◇◇

 


無理やり話を中断させ、仕方なく鷹史にコーヒーを入れてやった。
「……ありがたく飲め」
ドン!と音を立ててカップを置いた。
それを気にすることなく、鷹史は頷く。
「さんきゅ」
オレはその言葉を無言で受け止め、自分のコーヒーを啜る。
上手いとは思わない。
何せ、インスタントコーヒーだからだ。
コーヒーに凝ってる訳じゃないが、店で飲むなら美味しいコーヒー店で飲む。
まあ、特にこだわりがある訳じゃないが。

「昔から好きだったよな…」
隣でしみじみと言いだした鷹史にオレは思わず心臓が跳ねた。
(―――お、オレを…?)
変にドキマギして、視線だけ鷹史へと移す。
「な?」
聞き返されどう返事しようか、などと迷ってると更に鷹史は続けた。
「俺は少し苦手だったけど、雅美は好きだよなコーヒー」

……………。

あ、コーヒーね。

あーまぁ、うん。なんて適当に返事してオレはこっそり赤面する。
(オレは馬鹿か。なんで緊張なんてしてんだよ…)
自分の思いついた考えに呆れた。
「なあ、好き?」
なんだよ、好き好きうるせぇなー。
「ああスキスキ。」
だからコーヒー好きだってさっきも言ったろ?
苦味があって旨いんだよなー。
オレは鷹史の方を見ずに答えた。
途端、隣からガタン!と大きな音がした。
ビックリして隣に目をやると、驚いた顔した鷹史が机に乗り出していた。
「……な、なにやってんだ?」
訳が分からずそのまま鷹史を凝視してしまう。
鷹史の頬に赤みがかかってるのに気づいた。
(なんで赤くなってんだ?暑いのか…?)
怪訝そうな顔したオレは、身を乗り出した鷹史の口の端が微かに上がってるのに気づいた。
「ま、マジで?な、なぁ真面目に!?」
口をフルフル震わせて、真剣な目で見つめられる。
(そんなにコーヒー好きかどうか確認したいのか…?)
なにかおかしい。
話が噛み合ってないような気がしたが、真剣な鷹史の話を折ることは出来なくて、オレは不安そうに頷いた。
瞬間、嬉しそうに顔を緩めた奴の顔を見たと思ったと同時に鷹史にキスされた。

―――ま、またかよ!?

驚いたが、キス自体にではなく。
突然の出来事に、だった。
(だいぶ、鷹史に毒されてる気がするな―――)
自分に呆れたが、今はまずやらねばならないことがある。
そう、目の前の阿呆をどうにかしなければ。
オレはおもむろに、手をグーにして鷹史の後頭部目掛けて殴った。
「―――ぃてッ!?」
殴られるなんて思ってなかったのか後頭部を擦り、涙目でオレを見る。
「雅美…なんで殴るんだよ…?」
何でだと!?お前、前科も忘れたのか!てか、その質問自体が「何で」だ!
「俺たち、両想いになったんだろ?」
まだ涙目でオレを見上げるように頬を染めた鷹史が阿呆なことを抜かす。
「はぁ!?両想い…!?誰と、誰が!!」
オレは信じられない、と鷹史の目の前でまた拳を作る。
「だって、さっき言ったじゃないか!好き?って聞いたら“スキスキ”って!!」

必死で言う鷹史を、悲しい目つきで見つめる。
「……お前………、っ…」
「―――なんだ、その可哀想な物でも見るような目は!?」
ムッとしたのか、鷹史の顔が歪む。
「いや、だって。オレはコーヒーのことを“好きか?”って聞かれたもんだと…」
オレの言葉に納得したのか、途端に鷹史は目の前で脱力した。
「な…ッ………」
絶句したように声を出せない鷹史が可哀想に思える。
いや、唯単に阿呆だコイツは。
はぁ…とため息を同時に出したオレらは、お互い苦笑いを浮かべた。

「お前ね、急に話を変えんな。聞いてて混乱するだろ」
「……雅美が気付かないのが悪い。」
ちぇーっと不貞腐れた鷹史は、今頃恥ずかしくなったのか顔が少し赤い。
「……てか、なんでお前オレのこと好きなの?」
フとした疑問を何も考えずに口にした。
口をへの字に曲げていた鷹史はチラリとオレの方を見る。
「理由なんかわかんねぇ。気付いたら好きだった」
堂々とした物言いに思わず照れてしまいそうなのを堪える。
「……、でもよぉ…その、勘違いってことはないか?」
「―――――なに?」
ピクンと身体が揺れ、オレをしっかり見据えるように向き合う形に座りなおす鷹史。
睨むようにオレを見据える鷹史に怖じ気づきそうになるのを堪えて、オレは続ける。
「ほら、お前は兄貴だろ?それで近くのオレに懐いて兄のように思ってたのを、遠くに行ってしまうのに焦って―――」
最後まで言うことは出来なかった。
睨むようにオレを見ていた鷹史がダン!と拳で床を叩いた。
ビクッと身体を強張らせたオレを力強い目で睨む。
「――だから?兄に対する執着と恋愛を勘違いしてる、って?そう言いたいのか?」
地を這うような声で凄まれ、思わず逃げたい衝動に駆られるがそこをなんとか抑えた。
ここで逃げるわけにはいかない。
こいつの未来がかかってるのだ。
「そうだ――」
オレはゆっくりと、だが確実に頷いた。
それを見た鷹史の目がカッと見開かれた。
しかし、殴られることもなく、襲われることもなく、やけに静かな沈黙が訪れた。
「勘違い、か。むしろ、これを勘違いにしたいのは雅美のほうなんじゃね?」
オレの方を見ることなく、顔を伏せたまま呟いた。
ドキッとした。
そうかも、しれない。
無意識のうちに、オレは自分でそうあって欲しい願いを言っていたのだろうか?
オレが自分の考えに悩んでる途中、フッと悲しい響きの声が聞こえた。
「わかった。雅美は、どうあっても俺を好きにはなんねーんだな…」
自分に言い聞かせるように呟く鷹史の声。
何か言いたい衝動に駆られたが、何を言えばいいのか分らず口を噤んだ。


「――――帰る。」

ボソッと呟いた声に顔を上げると、鷹史はいつの間にか立ち上がっていた。
玄関まで無言で歩いて行く鷹史。
何か、何か―――言わなきゃ……!
しかし、言いたい言葉もみつからず結局、扉が閉まる音で鷹史が出てったことに気づいた。

 

(だって、仕方ないだろう?きっと、気の迷いか、間違いに決まってる。)

 


(オレの所為で、あいつの未来が駄目になるのを黙って見てられるかよ…)

 

 


そこまで考えて自分が既に、鷹史に囚われかけてることに気付いた……。