幼馴染リーマンⅡ2

 

それから、オレはとにかく無言を貫いた。
「雅美?」
奴がオレを呼ぼうが。
「なぁ、雅美…」
子犬のような目で縋るように呼ぼうが。
「おい、無視すんなよー」
いじけて、いつもの口調に戻ろうが。
「おい、聞いてんのかよ!」
イラついた様子で叫ぼうが。

とにかく、無視だ。無視。
オレは自分に固く決意し、無視をし続けた。
そのお陰か、鷹史は顔を下に伏せて大人しくなった。

(……ちょ、ちょっと遣り過ぎた、か…?)
なんて少しだけ罪悪感に苛まれているオレの耳にとんでもない台詞が聞こえた。

「雅美、愛してるから俺を無視するな。好きなんだ、頼むよ!」
周りの反応がざわついたのが分かった。
それは、少し大きい声で、更に声がいいこいつの声はよく通るのだ。
ギョッとしたオレを縋るような表情で見つめる鷹史。
しかし、よく見ると奴の口の端が上がってることに気づいた。

(―――こ、こいつ…わざと……!?)
かっと顔を真っ赤に染めたオレは周りの反応を見るのが怖くて、身体を強張らせた。
ただの痴話喧嘩ならまだしも、ホモの痴話喧嘩なんか始末に負えない。
居たたまれない気持ちでいっぱいになり、オレは下を向いたまま動けないでいた。

「なーんて、冗談だよ!俺の演技上手くない?」
ニッと笑いながら言う鷹史は、罪悪感のない表情だ。
周りもその台詞と表情に納得したのか、ざわついた空気が少し治まった。
「そろそろ出るか。あまり飲み過ぎると明日の仕事に響くからなぁ」
なんて呑気に笑う鷹史は、ご満悦のように見えた。
(信じらんねぇ…)
オレの頭にはそれしか浮かばない。
コイツの性格、いや全てを変えて欲しいと願った。
神様は信じない性質だが、今回ばかりは頼みたい気持ちでいっぱいだ。
(誰でもいい、こいつの記憶を消してくれ!!)
オレは、店から出て寒い夜の中を歩きだした奴の背中を睨みながら思った。

 


◇◇◇

 

今現在、オレがいる場所―――

いや、正確にはオレ“たち”がいる場所だ。

そう、ここは間違いなくオレの部屋だ。
マンションに一人暮らしのオレの、部屋に間違いはないのだが……
どう言う訳か、鷹史がいる。

それは―――


「お前、マジで信じらんねー!なんであんなとこであんなことが言える!?」
オレは人気のない夜道、叫ぶように鷹史を問いただす。
「なんだよ、雅美が無視するからだろ?」
俺は悪くない、とでも言いたそうな顔だ。
無視し続けた結果、こんな仕打ちは酷過ぎる。あんまりだ。
お店自体はすごく気に入っていたから、また今度太田辺りを誘って行こうかなどと言う考えはあっさり消し去った。
もう二度と行けない。
「お前が、変なことを平気で言うからだ…」
そうだ、元はと言えば鷹史が、あんな変な発言さえしなきゃオレだって無視しなかったはず。
(そうだ。こいつが全面的に悪い!)
そう決め込んだオレはプイっと鷹史から顔を背けて、足早に歩きだした。
慌ててオレを追いかけてきた鷹史はどこかつまらなそうな顔をしてる。
「変ってなんだよそれ。」
不貞腐れたようにブツブツ文句垂れる鷹史。
「変は変だろ!……てか、着いてくんな!」
「だって俺もこっちだし」
その台詞に思わずオレは度肝を抜かれた。
「え、そ…なのか?」
聞き返すと、あっさりと鷹史は頷く。

そして、不思議に思いつつもズルズル流れるようにオレの住むマンションへと着いた。
「―――おい、まさか」
「へーここに住んでんの?雅美」
オレの言葉を遮るようにウキウキした鷹史が喋る。
「んーと…」
言いながら、鷹史はポストを一つ一つ確認している。
(なにをして――)
あ!!と思いついたまさかの答えに驚くと同時に鷹史からも「あ!」と声が聞こえた。
「ちょ、来るな!来るなよ!!」
言っても後の祭り。
奴はポストに書かれた「302 真田」を見つけると上機嫌で3階へと上がって行く。
(ま、マジかよ……)
オレははっきり言って呆れ、脱力した。
まさか奴がここまでするとは思ってなかった。


―――そして、現在に至る。
玄関先で必死で止めたが、奴はまったく動く気配を見せなくて、それどころか……

「いいの?夜中に男と痴話喧嘩してて…また勘違いされるぜ?」
ニヤリを笑う鷹史は真剣に悪魔に見えた。


「意外に散らかってないんだな」
「………………」
「まあでも一人暮らしにしては結構広いな」
「…………………………」
「あ、でもベッドは少し小さいか」
「…………………………………………………」
「ダブルに変えるしかねーか」
「――――――――おい」

今までなんとか無言を通して来たオレだが、もう限界だ。
一体、さっきから何の話をしてやがるコイツ。
低く地を這うような声にも驚きを見せない鷹史に怒りは更にヒートアップする。
「なに、を言ってやがるてめぇ…」
凄みを利かせてもまったく意味がないようだ。
その証拠に鷹史はにこにこしてオレの顔を見ている。
「なに、って。これからの二人の暮らしだろ?」
「―――だから!そもそもなんで二人暮らしになってんだよ!?」
「俺が決めたから。」
そんな一言で済むような問題じゃないはずだ。
だって、ここは元はオレの部屋。
なのに今日、無理やり鷹史がズカズカ入ってきただけなのだ。
それを、どこをどうねじ曲がった脳で考えりゃそんな答えが出る?

「なんだよ、何か問題でもあんのか?」
あるだろ、普通。
「……まさか、とは思うがお前、彼女なんていねーよなぁ?」
いたら、言ってるよ。
「なぁおい。聞いてんの?また無視かよ」
うるせぇな…。
「――まさか、彼氏、か!?」
ブチッ!!

オレの中の何かが切れた。

「だったら何だってんだ!?あぁ?お前自分勝手にも――」
程がある!と言いたかった台詞は途切れた。
ガッと鷹史に蹴られたらしい。
蹴られた拍子にオレは間抜けにも床に倒された。
「くぅ――っ!」
蹴られた腹と、背中を打った痛みで顔を歪める。
何すんだ!と睨みかけたオレは鷹史の顔を見て止まった。
今までにない程のオーラで鷹史が怒ってる。
目は見開き、顔を少し赤く染めて怒ってる。
それはもう、半端ない怒りだ。
「何だ、だと?恋人がいるのすら腹正しいのに、男の恋人だぁ?」
一瞬、鷹史の言ってる意味が分からなかった。
(男の、恋人――?)
言いかけて、思い出した。
さっきオレが切れて思わず言った言葉――

「だったら何だってんだ!?」

これは、正に鷹史の台詞を肯定したようなものだ。
「まさか、あんたが男もイケたなんてなぁ?」
「―――ッ!」
違う、と声に出そうとして鷹史の手がオレの首に回されてるのに気づいた。
ハッとして息を呑む。
「だったら俺も受け入れろよ。それに――」
言うと同時にオレのベルトを外そうとする鷹史にオレは更に焦った。
「ま、待て鷹―――」
「うるせぇ!!」
鷹史の声の怖さに予想以上に怯えてしまった。
ビクッと身体が竦む。

(恐い―――)

そう思った。
こんなに怒った鷹史は初めてかもしれない。
もう、オレの目の前にいるのは見知った幼馴染の顔じゃない。
一人の男、雄の顔をした男がいる。
「ここで、男を咥えたのかよ?なぁ?」
鷹史の信じられないような罵声にオレは涙が滲む。
「……ッ!……」
涙を流したオレを見て動揺したのか、鷹史の顔が苦痛に歪む。
「なんだよ……俺はダメなのに、他の奴ならいいのかよっ……!」
小さな声なのに、鷹史の台詞はまるで心の叫びのようで、オレの心に響いた。
酷いことをしてるのは鷹史なのに、何故かオレが酷いことをしてるような気分になる。
途中で止まった手が、オレの頬へと伸びる。
「…ハッ……」
諦めたような、乾いた笑いが頭上から聞こえた。
見ると、鷹史の目はどこか虚ろな状態だった。
「どこの誰だよそいつ。」
急に怒りを宿した瞳と出会い、またオレの身体が強張った。
「――――殺してやる。」
呟くように言った言葉は、オレへの台詞ではなくまるで自分へ言い聞かしてるような台詞だった。
(こ、殺すって―――!?)
ギョッとしたオレは慌てて声を出す。
怖くて竦み上ってるような場合じゃない。
このままじゃ鷹史が人殺しになってしまう。
(そんなの嫌だ―――!)
思うと同時にオレの声は大きく響いた。

「ち、違う!恋人なんていないっ!!」

これで、納得して終わるかと思いきや。
オレの台詞を聞いた鷹史は更に眉を吊り上げ、顔を赤く染めた。
「――――庇うほど、そいつが好きなのか!?そうなのかよ?」
歯をギリギリ喰いしばり、怒りが倍増したみたいだ。
(な、何でそうなる!?それに、オレはホモじゃねー!!!)
大きな誤解はそう易々と解けそうにない。
「マジでムカつくなそいつ。」
ボソッと呟いて、露わになったオレの胸をさわさわ触ってくる。
胸の突起を摘まれて、ビクッと身体を震わした。
「―――んぅ……!」
思わず声が出たオレは自分でショックを受けた。
(何でんなとこ触られて声を出すオレ!?)
信じられない、と目を見開いて驚愕するオレ。
しかし、オレの上で更にショックを受けたような顔をしてる奴に出会った。
「……ここも感じるくらい調教されてんの?」
フッと悲しい目をして笑う鷹史は、そのままオレの乳首をくにくに弄ると、顔を近づけ舌を這わせた。
「――――ぅ、あ!?」
オレは味わったことない感覚に高い声を出さずにはいられなかった。
生暖かい感触が、オレの胸の突起を舐めてる。
吐息が肌に触れると声を出してしまう。
必死で声を押えようとしても、何故かだんだん気持ちよくなってきてしまう。
「んぅ…っ…ぁぁ……」
「感じすぎ。雅美をこんなにした男を殺してやりたいな…」
睨むようにオレを見つめる鷹史が再び恐ろしい発言を落とした。
(そうだ!)
ハッと気付いて俺はまた叫ぶ。
「ば、…ぁっ…ち、違う!…ん、ほんと、に…いな――っは…」
「何言ってんのかわかんねぇよ」
ピチャ、と舐める行為を止めない。
確かに、所々喘ぐオレの言葉は上手く伝えられない。
それでも、誤解を解きたくてなんとか伝えようとする。
「ん、鷹…ふ……っ…恋人なんて、いないっ……信じ、て―――」
信じて、と言うとそれまで止めなかった行為をピタッと止めた。
止まった、とホッとするオレの上からまだ疑うような声が聞こえる。
「――――ほんとに?嘘じゃなくてか?」
探るような目で俺の瞳を覗き込む。
オレは必死に頭を縦に振る。

気が抜けたような呆けた表情で鷹史はオレから退いた。
「ま、じで…?ほんとに、ほんとか!?」
今度は意識を取り戻したかのように目に力が戻っている。
そこにはもう先程のような怒りの感情はなくて、ただただ不安そうに見つめていた。
鷹史が退いたお陰で、オレは自由になった身体を起こした。
「―――ほんとだ。オレはノーマルだ!ホモじゃねー!」
キッと睨むように俺は叫んだ。
そして、呼吸が上手く整わないオレはゆっくり深呼吸をしてみた。
スーッと鷹史の怒りのオーラが消えていくのを感じだ。
「そ、っか…。は、ははは……」
声は笑っているものの、どこか現実味がない乾いた笑い顔だった。
「勘違いとは言え、てめぇよくもあんなことしてくれたなぁ?」
あんなこと、と言って先程の行為を思い出したオレは、顔が赤くなるのに気づいた。