幼馴染リーマンⅡ5

 


オレが決めたことは、兎に角、鷹史と会って話をすることだった。

 

 

◇◇◇


「岩松くん」
一瞬、鷹史の身体がビクンと強張ったのが後姿だけで分かった。
ここ最近、オレは鷹史の苗字を呼ぶのさえ抵抗があった。
だからなるべく、極力呼ぶのを避けていた。
だからか、オレのはっきりとした声色に驚いたのだろう。
鷹史がゆっくりと声の主を確かめるかのように振り向いた。

「なんですか?」
しかし、振り向いた鷹史はむしろ堂々としてた。
さっきのビクつきが嘘のようにオレの目を見据えてる。
(――お前も、負ける気はない……ってことか?)
なんて思う。
だが、ここでもう一押しだ。
オレは、オレに真剣に向き合ったコイツと真剣に向き合わなきゃいけない。
逃げない―――。

そう、決めたんだ。


「今日、帰りに話がある。残ってくれ」
一気に、しかし相手に伝わるように言う。
ヒュッと息を呑む音が聞こえた気がした。
それが、どちらの音かなんて分からない。
長い沈黙のような時間のあとに、鷹史は口を開いた。
「……わかりました」
では、後ほど。とオレに背を向けようとする鷹史にオレは思わず…

「――鷹史。…逃げんなよ」

目を見開いて動きを止める鷹史。
これは、挑発だ。
案の定、鷹史はオレの顔を見ると睨み付けるように見た。
「……もちろん、です」
オレから視線は逸らさず奴は言う。
言葉の語尾はまるで付け足したかのような感じだったが、まあいい。
睨みつけるような目つきをした鷹史は絶対逃げない。

そんな確信めいた考えに思わず、口の端が上がってしまう。
「――――ああ、後でな」
オレは、鷹史から視線を逸らして背を向けた。

後ろからはものすごいピリピリした視線を感じたが、オレは少しホッとした気分になった。

 


  ◇◇◇

 

時間は22時を回ったところだ。
ここは、社内のオフィス。
つい先ほど同期の太田が切り上げて帰ったところだった。
今このオフィスにいるのはオレと、鷹史の二人だけ。

オレは特に何か残ってる仕事があったわけではないが、あの約束の為残ってる。
きっと鷹史もなんだろう。
鷹史のキーボードを打つ音だけが響く。
オレは緊張するどころか今は冷静になって落ち着いてる。
カチャカチャと響く音もむしろ心地よい気がする。
開き直ってしまったのだろうか。

ふと、物思いに耽っていたらいつの間にかキーボードを打つ音が止んでいた。
目線を鷹史の背中へと向けようとしたが、さっきいた場所に鷹史がいないことに気付く。
(あれ―――?)
捜すように顔をきょろきょろ動かしてすぐ近くにいる存在に気付いた。
ジッと立ったままオレを見ていた鷹史と目が合う。
一瞬だけ、鷹史の目の奥が揺れたように感じた。
しかし、ほんとに一瞬のことで気のせいかとも思った。

「終わったのか?」
オレノ方に近づいて来たってことは終わったんだろう。
だが、あえてオレは聞いた。
「……………ええ」
少しの沈黙のあと、鷹史は小さな声で答えた。
それも横暴でオレ様な言葉使いではなかった。
「なに緊張してんだよ、いつも通りでいーんだよ」
「―――ッ!?いつも通りって…」
驚いた鷹史が眉を寄せて顔を歪めた。
こんな時に、ってか?
それこそ、こんな時だ。
「いつもはいつもだ。オレ様で、横暴なお前でいーって言ってんの。」
苦笑いしながらオレは言った。
「……な、んだよ…それ……」
非難めいた目線で鷹史はオレへと目線を向ける。
その拗ねたような態度が年相応に見えて、オレは小さく笑った。
「ふ、なぁ…鷹史」
「…ん?」
先程よりも少し和らいだ雰囲気の中、オレは鷹史に顔を向ける。
「オレな、先日美樹ちゃんと食事しに行ったんだよ」
「――……ッ…」
瞬間、空気が変わった。
鷹史の表情が強張ってる。
「ああ…この前の、か?」
「ああ、あの時にさ…」
少しだけ時間を空けて、しかし目線は鷹史から逸らさない。
「美樹ちゃんに付き合おう、って言ったんだ」
「!」
今度こそはっきりと分かるくらい、鷹史の顔が強張った。
息が止まったのが伝わってきた。
ジッと見つめていた瞳は驚愕に開かれている。

「それで、―――」
「ゃ、やめろ!!」

続けようとしたオレの言葉を遮るように制止の声を上げた。
その声が少しだけ震えているのに気づいた。
「やめろよ、もういい…わかった、から…」
段々声が小さくなっていく。
いつもの鷹史からは想像もつかないくらいだ。
(まったく――)
ふう、とオレは大きなため息を吐く。
途端にビクンと大きな体を強張らせて下を向いたまま動かなくなった。
「お前な、なにがわかったんだよ。まだオレは言ってない」
「言わなくても分かる……鬼かよあんた」
「へぇぇー?言わなくても分かんの?じゃあ言ってみろよ」
呆れたような声でオレは鷹史を挑発する。
それに腹を立てた鷹史が顔を上げてオレを睨みつけてきた。
「あんたマジでヒデーよ…」
怒った顔のまま泣きそうな表情になる。
「いいから、言えよ。」
オレもイライラしてくる。
どうせ、オレの言いたいことなんか分かってないんだ。
だって、まだオレの気持ちなんか少しも伝えてない。
「………その、美樹って子と付き合うんだろ?んで、俺に諦めろって言うんだろどうせ」
オレから顔を逸らして、吐き捨てるように言う。
(ほら、な。やっぱり分かってねー)
「ブー!」
大きな声で答える。
少しの間の後、眉を寄せて怪訝そうな顔した鷹史がオレの方を見る。
「なんだ、それ…?」
ふざけてんのか?てな目でオレを睨んでくる。
「だから、不正解なの。ハズレなんだよばーか」
鼻で笑うように答えてやった。
なんか、オレ段々やさぐれてきた?
「は、ハズレ……?」
「そ、はずれ。オレは美樹ちゃんとは付き合わない」
「なんで、振られたのか?」
困惑状態の鷹史が確かめるように一言一言言う。
「振られてなんか―――」

ない。と言おうとしたが、思い出した。
いや、オレは振られたようなもんだ。
かなり酷いことをしたんだ。
「いや、振られたかな。」
「……それで、あんたはまだ美樹って子が好き、なのか?」
「違う。…オレ、酷いことした。自棄になって告白したようなもんなんだ」
「―――自棄?」
怪訝そうに鷹史がオレを覗き込む。
「ん、んで美樹ちゃんに見透かされた。“好きな人いるんでしょ?”ってね」

怪訝そうに眉を寄せていた鷹史の顔が更に歪む。
「好きな、人……?」
確かめるようにオレに問いかけてくる。
そうだ。オレはあの時、確かにこいつの顔が浮かんだ。


“好きな人いるんじゃないですか?”


ドキリとした。
瞬時にあいつの顔が出てきたことに困惑して、焦って、認めたくなくて。
でも、あの時目の前にいた彼女はそんな考えすら消してしまうくらい、悲しい、表情をしていた。
その途端、思った。
ああ、認めなくちゃって。
オレが認めないと、彼女にも悪い。
オレの身勝手な感情で関係ない彼女まで悲しい思いをしなければならない。
それは、あまりにも勝手で、酷なこと。

「好きな人が、いるのか?」
また悲しそうな表情でオレを見つめる鷹史。
「好きかどうか、分からん。……けど、聞かれたときに浮かんだのは、確かに―――」
言葉を区切って、ジッと視線に思いを込めて向けた。
鷹史は少しだけビクッと身体を強張らせた。
そして、ゆっくりとオレの目を覗き込むように見返した。
「雅美……?」
戸惑ったようにオレの名前を呼ぶ鷹史。
(分かったんじゃないのか?てか、気付けバカ!)
声には出さずに、心の中で悪態をつく。
え、え?なんて間抜けな声を出してる鷹史にどんどん苛立ちは募る。
「―――もういい。帰る」
痺れを切らしたオレは溜息と主に踵を返す。


「待てよ、」
焦るような声色と共に、力よく腕を引かれた。
呼び留められるのはなんとなく分かっていたが、思いのほか強い力に身体が揺れる。
そのまま後ろを誰かに支えてもらった。

(誰か、って…………鷹史だろ!)

自分でツッコミを入れて、心臓がドクンと鳴った。
「――っ、た、鷹史!?」
鷹史の力強い腕がオレの身体をぎゅう、と抱きしめる。
今度はオレの声が焦っている。
ふわり、と包み込むように鷹史の匂いがした。
「………ッ!」
瞬間、オレは自分の頬が少し赤くなるのに気づいた。
無言のままオレを抱きしめてる力がより強くなる。
耐えられなくなり、オレは身を捩って怒ろうとしたが、その瞬間、

「――雅美、好きだ」

思いもしない告白。
このタイミングで、これは、ヤバイ…だろ。
オレは驚きと共に身体を強張らせた。
「……知ってる」
それでも精一杯の虚勢と共に言葉を放つ。
焦ってるなんて、動揺してるなんて知られたくない。
誰よりも――――鷹史に。

「好きだ、好きだ…」
小さな、けれど心に響くような低音は心地よくオレの耳に響く。
何度も好きだを繰り返して言う。
正直、クドイだろお前。なんて思ってしまう。
「雅美……ッ…」
熱のこもった様な声がしたと同時に後ろ首に濡れた感触が伝わる。
「――――ッ!!?」
ビクッ、とオレは身体を震わせた。
なに、と問う前に気付いた。
これは、鷹史の唇だ。
そして、この行為はまさにキスされてるわけで――。

「な、にしてんだおまえ!!」
更に身を捩って鷹史の腕の中から離れようとする。
しかし、オレより身体の大きい鷹史には力も敵わない訳で、簡単には身動きが取れない。
「……なぁ、俺のこと、好きになってくれたのか?」
どこか夢心地のような声で吐息と共に言われた。
首筋に暖かい鷹史の吐息がかかる。
「ぅ、うるせー!いいから放せよッ……あ!」
恥ずかしさとゾクゾク感じる何かに怯えてオレは大きな声で言い返す。
すると、今度は首筋を舌でぺろっと舐めてきやがった。
「雅美、好きな人って言われたときに俺が浮かんだんだろ?なあ?」
クスクス笑うような声が後ろでする。
その合間にも舐める行為は止めない。
「ば…ッ……ぁ―――、…っ」
ビクビクとオレの身体はその度に反応する。
これが何かなんて考える暇もなく、オレは漏れる声を抑えるのに必死になった。
「感じてんの?……雅美、嬉しいぜ…」
至極嬉しそうな声がして、また強く抱きしまられる。
舐める行為が止んでオレはホッとする。
しかし、荒い息はまだ治まらず、オレの口から零れる。
「―――まだ、好きか…どうかなんて、わかんねぇってば……」
呟くようにオレは抵抗してみる。
しかし、オレの言葉なんか気にもしてないようで鷹史はふ、っと小さく笑う。
「いいよ、それでも。いつか俺なしじゃいられないくらい好きになってもらうから」
「―――なにぃ!?」
後ろから聞こえたとんでもない台詞に、思わず叫んでしまった。
鷹史なしじゃいられない、ってどんな状態にする気だコイツは~~!!
馬鹿にされたように思えて、オレは反射的に後ろの鷹史の腹目掛けて肘打ちをお見舞いした。   

【END】