昔の出来事に思考を奪われていたオレは、鷹史の声で我に返った。
「さっきの様子じゃ、雅美も俺のこと忘れてないみたいだな」
オレの目を覗き込んで確認するように言う。
(忘れたくても、あんなこと―――忘れるわけないだろう!)
オレに何も言わせないかのように、被せて鷹史は続ける。
「俺がどれだけ、この6年間…どんな気持ちだったと思う?」
そんなこと、お前に言われたくない。
オレだって、あんな出来事がなければこんなに悩むことなかったのだ。
今回だって、ただの幼馴染として再会出来たかもしれないのに。
「あんたに逃げられて、どんなに……っ」
苦しそうな表情でオレを見つめる鷹史。
止めてくれ。
そんな顔でオレを見るな。
キュウと心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に陥る。
しかも、鷹史だけが悩んで苦しんだように聞こえて少なからず、オレはイラつく。
「お前、だけじゃねーよ…」
ボソッと呟いたオレの台詞に「え、」と目を見開く鷹史が見える。
「お前だけが、悩んだと思ってんのかよ……オレだって、あの日―――」
どんだけ困惑したか、それこそ鷹史にわかんないだろ。
時々嫌がらせしてくる生意気な年下の幼馴染だが、オレに懐いていたのも事実。
そんな幼馴染から、押さえつけられ、キスされ、自分がどんなに非力であるかを思い知らされて―――
ハッと、あの日の出来事を鮮明に思い出しそうになって慌てて止める。
「お前が、まさかあんな嫌がらせをするなんてな……」
自分はそんなに嫌われていたのか…。
年下の男には力で敵わない。
昔から、全てにおいて適った試しがないのだ。
好きな女の子も奪われ、彼女も離れていかれ。
「嫌がらせ……?」
眉間に皺を寄せて、さっきより低くなった声にビクッと身体を震わせる。
言い返すことが出来なくて、そのまま下を向いた。
「あれが―――嫌がらせ…?」
ハッと、鼻で笑うような声がして、でもどこか呆れたような声でもあった。
(だって、そうだろ?ムカついて、オレに屈辱を味わわせたかったんだろ?)
目だけ上げて、鷹史の顔を盗み見る。
そこには、信じられないものでも見るかのような目つきで、オレを見つめる鷹史がいた。
「気付いて―――なかった、のか…?」
(何を?)
あの日も言われた言葉。
一体、オレが何に気付いてるとか、気付いてないとか言ってるんだ?
あの日はただ逃げ出すことしか出来なかったオレは、今度は唾を飲み込みグッと鷹史を睨むように言う。
「気付くとか、気付かないとかなんだよ、それ…」
もう、誤魔化しはしない。
あの日より大人になったオレは真正面から鷹史を見据えた。
負けない。
不意に、言葉が浮かぶ。
そう、年下の幼馴染に負けっぱなしは御免だ。
「そう、か。気付いてなかったんだな……」
オレから目線を逸らして、自分に言い聞かせるように呟く。
そして、少しの間の後に力強い眼で鷹史はオレを見据えた。
「俺は、ずっと雅美のことが好きだったんだよ」
目を細めて、しっかりとした口調で鷹史は言った。
(――す、き………?)
自分でも驚くほど、そこまで動揺はしてなかった。
もしかしたら、無意識の内にオレは気付いていたのかもしれない。
それを、無理やり追い出すことで自分を守っていたのかもしれない。
「後悔した。あの日、俺はあんたに気持ちを言わなかった。」
あの日―――そうだ、オレは鷹史からそんなこと聞かされてない。
でも、もし言われたとしても…一体何が変わったと言うのだろう。
「確かにあの頃の俺は餓鬼だったよ。あんたが離れていくことに恐怖し、焦ってあんなことをした」
あの日を思い出しているのか、鷹史の目はどこか遠くを見つめていた。
「でも、気の迷いでもなんでもない。今も何も変わらず雅美が好きだ――」
どこか、遠くでその声を聞いてる自分がいる。
まるで人事かのように。
ガンガンとオレの頭が鐘鳴りのように響いて痛い。
そんなこと知らない鷹史は更に続ける。
「だから、もう遠慮なんてしない。あんたを捕まえに来たんだ。」
ジッと真剣な瞳で見つめられ、オレは無意識に後退した。
ここはベッドの上。
はっきり言って、絶体絶命。
「もう逃がさない。あんたは俺のものにする。」
なんて、自分勝手でオレ様な発言。
まるで、女でも口説くような台詞。
(ふざけんな!オレは、オレは―――)
「オレは、男だ!!勘違いすんな!」
オレから放たれた台詞に一瞬キョトンとした鷹史の顔。
しかし、次の瞬間鷹史はクックック、と耐えきれないような声を出した。
「くっく…、知ってるさ。そんなの小さい頃からな」
ニヤッと笑う鷹史に、自分が場違いな台詞を吐いたことに気付いた。
「そういう意味じゃない!な、何勝手なこと言ってやがる…!」
オレは顔を赤らめ、それでも必死に虚勢を張った。
「な、何が“俺のもの”だ!オレはオレのものだ!」
誰が、お前なんかのものになってたまるかってんだ!
ギッと睨んで、オレの意思を伝えようとする。
しかし気付いてないのか、それとも気付いてて無視したのか、鷹史はしれっと言い放つ。
「まだ、な。でもいつかは俺の雅美になる」
まるで未来を予想するかのように鷹史は自信満々に言う。
ニヤッと笑う鷹史は、すっかり自信を取り戻したいつもの鷹史だった。
オレの未来は、きっと目の前の男に振り回されるであろう予感をオレは感じ取っていた。
―――そう、遠くない未来に。