幼馴染リーマンプロローグ

 

「な……なん、で………」

 

彼、真田雅美(さなだ まさよし)は驚愕のあまり、思わず呟いた。
驚きと共に、昔の嫌な記憶も鮮明に頭の中に蘇る。

 

――――そう。あれは雅美がまだ小学生の頃。
隣に引っ越して来た家族がいた。
隣同士と言うこともあり、お互いの家族が仲良くなるのにそう時間は掛からなかった。
引っ越して来た家族に二人子どもがいた。
雅美は一人っ子だったから、年の近い友達が増えて喜んだ。
その子供は兄の、鷹史(たかふみ)。妹の、咲良(さくら)。
年は、雅美より2つ下の鷹史と4つ下の咲良。
幼い二人はすぐに雅美に懐いた。
雅美もまた、すぐに二人を気に入り仲良くなった。
二人のお兄ちゃんになれたようですごく嬉しく思っていた。


しかし、時は経ち、雅美が小6になろうとする頃から何かが急激に変化していった。
それは鷹史の雅美に対する態度。
小4になった鷹史は日に日に雅美に対する態度がおかしくなっていった。
気づいたのはいつくらいだろうか。
雅美が友達と遊んでいたところへ鷹史がやって来て、「おばさんが呼んでるよ!」と伝えにきた。
鷹史がとても焦っている様子だったから、雅美は慌てて家に帰った。
しかし、帰っても母は呼んでいないどころかまだ帰ってすらいなかった。
鷹史を問い詰めてもまったくの無視。
雅美が友達と電話で話していると、横から出てきて電話を切ってしまう。
そんな事が度々続いた。

また、こんなこともあった。
雅美が中学に入ると、なかなか鷹史との接点が無くなり、会うことが少なくなった。
中2にもなると好きな子も出来るわけで。
雅美にも目当ての女子がいた。
とりわけ、美人と言う訳ではないが、愛嬌のある可愛い感じの子だった。
しかし思いのほか夢はあっさりと崩れた。

ある日、帰宅の途中に見てしまったのだ。
好きな彼女が背の高い男と一緒に歩いているのを。
ショックで放心していると、背の高い男が雅美に気付いて振り向いた。
一瞬では分からなかったが、数秒見て分かった。
思わず「あ」なんて間抜けな声を上げてしまう。
紛れも無く、前にいる背の高い男は鷹史であった。

次の日、雅美は隣の鷹史の家へ怒鳴り込むような思いで会いに行った。
「鷹史!!」
大きな声で驚かせようなんて考えていたが、雅美のほうが逆に驚くことになった。
暫く会わなかっただけでこんなに変わるか?と言うほど、鷹史の背は伸び、顔つきも男らしくなっていた。
それでもまだ小学生なのだから幼さは残っている。
が、しかし、明らかに雅美よりはカッコいいことは間違いない。
悔しい思いと羨ましい思いで余計にイライラしてしまう。
「…な、なんで昨日彼女と一緒にいたんだよ!」
その所為か口調が荒荒しくなってしまうが、仕方ない。
「……久しぶりに来てそれかよ?」
「なにぃ!?」
鷹史はあ~あ、なんて大げさに肩を下げてため息を吐く。
「あんまりじゃね?それが久しぶりに会う幼馴染の台詞か?」
「そ…そんなこと言ったって、中学生はいろいろ忙しいし……」
なんで年下の奴に言い訳みたいなことを言わなきゃいけないのか、腹が立つ。
「へぇ?でも好きな女の為なら忙しくても来れるわけだ?」
「べ、別にそーゆーことじゃなくて………」
最初は怒っていたはずなのに、何故か逆に雅美が怒られている。
まさに、形勢逆転。しかも、少しだが鷹史がイラついてるのが分かる。
「てか、なんでお前が怒ってんだよ?」
雅美の問いかけに苛立ちを隠そうともせず、余計にブスッとした顔になる。
「べっつにー」
(どう見ても“別に”じゃないだろ!)
心の中で突っ込みを入れて秘かな抵抗に試みる。
「なに、雅兄あの女が好きなの?」
言いながらすごい眼で睨んでくる。
ほんとにお前は小学生か!なんて言いたくなるくらい怖い。
というか、なんでそんなに変わったのかすらも聞きたいくらいだった。
そもそも何で鷹史がそんなに怒っているのか分らない。
怒りたいのは寧ろこっちのほうだ。
「な、なんでお前にそんなこと言わなきゃ…!!」
その焦っている様子からしてそうなのだろう。
一目瞭然。真っ赤な顔で必死に誤魔化そうとしているが、却ってそれが怪しい。
「ふぅん。やっぱりね。………でも無理だよ」
「―――え…」
なにが?なんて思う間も無く。


「だって俺と付き合ってるもん」


平然とそう答えやがった。

もちろん雅美の初恋はこれで幕を閉じたのだった。
まさか年下の幼馴染に初恋の子を取られるなんて……
いや、そもそも取られるというのはおかしいか。
だって思いすら伝えれなかったのだから。

しかし、雅美の悲劇はこれでは終わらなかった。
そう、その後の好きな子を尽く鷹史が掻っ攫っていったのだ。
中3でのクラスメートも、学年の美少女も、学校のマドンナも!!
しかも、更に雅美を追いやった出来事は、初めての彼女をも盗られたことだった。
鷹史は雅美の彼女と知っていて盗ったのだ。
許せなくて、鷹史のとこまで殴りこむようにして転がり込んだ。
「なんでだよ!俺の彼女だって知ってただろ!?」
「知らねぇよ。ちょっと声掛けたらすぐに付いて来たぜ?」
ふん、なんて笑って言うもんだから怒りは倍増する。
「だ、だったらなんで声なんかかけたんだよ!?」
「んー…ただ、雅兄の彼女だな~って思って」
まったく悪びれた様子もなく言う。
「だいたい、俺は声を掛けただけで勝手に惚れたのは向こうだ。」
まるで俺は関係ないとでもいっているようだった。
(し、信じらんね~~~!!!)
「それが人から彼女奪っといて言う台詞かよ!!」
「だーから、盗ってないってば。俺は別に好きでもなんでもないし…」
だったら返せ!って言いたいとこだが、彼女が鷹史をすごく好きなのは分かってる。
だから雅美が喚こうがどうしようが彼女は返ってこないのだ。
わかっている、わかってるけど―――!!
とにかくこのどうしようもない怒りをぶつけたかった。
そうなのだ。盗られたと思っていたが、実は違う。
鷹史と彼女が付き合ってる訳ではないのだ。
彼女のほうが鷹史にお熱のようで…。
つまり、ただ単に俺は振られたと言うことになる。
情けない。実に情けない。
好きな子を繋ぎ止めておくことも出来なかった雅美は自分に対して涙がでそうになる。
しかし、鷹史がいる目の前で泣いてやるもんか!と必死で耐えた。

「どこがいいわけ?あんな女」
吐き捨てるように言う鷹史に怒りが生まれたが、もう反抗する気力もなかった。

そして、雅美の恋はまた終わった。


またまたこんなこともあった。
雅美が高校をどこにしようか考え、迷っていた時期だった。
(う~ん、近くの男子校にして睡眠優先か、それとも寮のある少しレベルの高い共学か…)
朝の弱い雅美にとっては至極真面目な悩みであった。
そこへ、偶然にも鷹史がやってきた。
「雅美ー宿題見てくれよ」
最近、鷹史は雅美のことを呼び捨てにするようになった。
理由は分からないが、鷹史曰く「めんどい」らしい。
大して変わらないように思えるが、違うのだろうか……?
また、宿題を持って来てはここを教えろなどと、偉そうな態度でやってくる。
(…ったく。俺は今大事な時期だってのに)
そんなこともお構いなしの鷹史は、雅美の机にあるパンフレットに気付いた。
「あれ?……雅美、まさか悩んでんの?」
「え?あ、ああ。やっぱ共学のほうがいいかな~って思ってさ」
やっぱ彼女欲しいし。なんてニヤけて言うと目を細めた鷹史は、何か考えているようだった。
「共学、ね。でも雅美朝、弱いじゃん。あっこの男子校のほうが近いし。」
「まあそうなんだけどさ~男子校だと彼女が……」
ブツブツ言う俺に、鷹史は呆れたように「んなので高校決めていいのかよ?」なんて言う。
(んなことって。俺には十分大切なんだよ!てか、近い学校っていう理由も同じだろうがッ)
なんて心の中での悪態。最近では見た目も中身も鷹史に追い抜かれてる気がする。
(2つも年下なのになぁ……ちぇー)
身長なんて完璧に敵わない。
まあ、そんなカッコいいやつが幼馴染ってのは優越感だけど。
それは、それ。

うーん、と唸るように悩んでいる俺に向かって鷹史は言う。
「てか、寮なんかに入ったら会えねーじゃん。こっから通えるとこにしろよ」
なんとまぁ偉そうな態度だこと。
まあ、俺も寮生活は大変だって先輩に聞いたことあるし。
やっぱ近場の男子校かな~。
……でも、なんか、鷹史の言葉通りになってんのが悔しいなぁ…。

結局、男子校に入学した俺は、3年になって新入生として鷹史が入学してきたことに驚いた。
鷹史は頭の出来もいいのからてっきりもっとレベルの高い高校に行くもんだと思ってた。
「お前ならもっといい高校に行けたのになんでここなわけ?」
思わず雅美は尋ねた。
「………俺も、睡眠重視だから」
それでも、鷹史は素っ気なく答えた。
こいつも朝弱かったっけ??なんて不思議に思いながらも追求はしなかった。
高校での生活には特に問題はなかった。
時々、友達と遊んで来た帰りとかに機嫌の悪い鷹史が俺に嫌がらせとかして来たが、今更な感じで慣れてしまった。
そして、卒業間間近の雅美に、鷹史はとんでもないことをしやがった。


それから、雅美は逃げるように家を出て、一人暮らしのアパートから会社へ通っていた。
入社してから、約2年。
今年の春もまた初々しい新入社員が入社してくる時期でもあった。
今朝は、そんな新入社員の挨拶から始まる一日でもあったのだ。

 

それが、何故、彼がこんなとこに……いる?


雅美の驚愕に見開いた眼の前にはにんまりとほくそ笑む、懐かしい幼馴染、岩松鷹史の姿があった―――。