ご機嫌斜めな眠り姫

 

side:鷹史


(―――クソッ…)
繋がらない携帯を乱暴に切り、舌打ちをする。
先に帰ったはずの雅美に、何度連絡しても繋がらない。
最近、苛々している様子の雅美には気付いていた。
今日は金曜日なのもあり、家へ転がり込んで問いただすつもりでいたのだ。
合い鍵は持っているから、既に雅美の家の中にいる。
それなのに、家主が帰ってくる様子もなく静まりかえっている。

(・・・・ん?)
微かな音が聞こえ、玄関の方を見る。
それと同時にチャイムが鳴る。
当然、家主であるはずの雅美が推す必要はない。
自然と眉間に皺が寄る。
無言で扉を開ければ、そこにはぐったり寝ている雅美と、雅美の同期の太田という奴が立っていた。

「―――あんた・・・」
ぐったりして、でも穏やかに眠っている雅美と、それを抱えるようにして隣に立つ男を交互に見る。
「あ、れ?岩松?」
少し驚いた様子の太田は、すぐに安堵の溜息を吐く。
「あー良かった~。お前、あとよろしく。こいつかなり飲んで酔って寝てるから」
「・・・・二人で飲んでたのか?」
「ん?まあな」
ニコッと笑う姿に、後ろめたさや悪意は感じられない。
ふうん。ほんとに友達、なんだな。
俺の中に少なからずあった、疑惑が薄れる。
前々から雅美に馴れ馴れしいこいつも、俺と同じ気持ちなんじゃないかと思っていた。
「それは、どうもです。そいつ、返してもらいます」
それでも、牽制することを忘れない。
雅美の背中に腕を回して、素早く引き寄せる。
俺の腕の中で眠る雅美は呑気に口を開けている。
くそ、無防備な顔しやがって・・・。
自分以外の奴に見せたことに小さな怒りと嫉妬心が芽生える。
無意識の内に腕に力が入る。

「お前、女が出来たってほんと?」

じっと見ていた太田がいきなり問いかけてきた。
「・・・・は?」
「あれ?違うの?」
「いきなり、なんですか。いませんよ彼女なんて」
真意が分からず、かと言って太田の表情から読み取ることも出来ず素直に答える。
「なーんだ、雅美の勘違いか~」
思わぬ名前が出て、目を見開く。


「ああ、さっき飲んでる時にな。こいつが――」

 

 

◇◇◇

「・・・・・あ・・・・れ?」
もそもそと動いたと思ったら、やっとお目覚めのようだ。
眠そうに目を擦る仕草は、とても年上には見えない。
「・・・オレの部屋・・・・・・・鷹史?」
キョロキョロと辺りを見回して、近くにいた俺に目が止まる。
「おかえり」
「・・・・ただいま・・って、え?なんでお前が・・」
どうやら寝起きで、頭がしっかり動いてないらしい。
いつになく間の抜けた顔で俺を凝視している。
そんな顔も可愛いが。
「雅美を待ってた」
「な、なんで・・・?」
「話したいことがあったから」
そう言うと、途端に雅美の顔がくしゃっと歪む。
泣きそうなのを耐えている、そんな顔で。
「――え、は・・・・話って・・それ――」
俯いて、毛布をギュッと握る雅美の手が見えた。
それも見て、やはり勘違いをしていると気付く。
ふう、と溜息を吐くと、雅美の肩がビクリと動いた。
「まさ―――」
「い、いやだ!聞かない!」
手で両耳を押さえて、毛布に顔を埋める。
声も少し震えている。
こんなに動揺している雅美を見ているのに、その理由を知っている俺としては嬉しい限りだ。
思わず、口の端が上がってしまう。
もちろん、俯いている雅美はそれに気付かない。
「お、オレ・・もう寝るし。帰って・・・」
「帰らない。今日は泊まってく」
「――ッ!」
小さく息を飲むのが分かった。
近づく俺の気配に、雅美は勢いよく顔を上げる。
「帰れよ!ここに泊まったって意味ないだろ!?」
俺の身体を押して、近づけないようにする。
その腕を取り、俺の方へ引き寄せる。
「―――ッ!!?」
きっと困惑してるだろう雅美を思い切り抱きしめる。
「意味はあるだろ。好きな奴とは一緒にいたい」
「――――す・・!?」
雅美は驚きで動きが止まる。
こんなに俺の言動に動揺する雅美をもう少し見ていたいが、そろそろ教えてやるか。
「どんな勘違いか知らないが、俺に女なんかいない。お前だけだ」
ポンポンと後頭部を撫でるように叩く。
数秒の間の後、いきなり身体が離れたと思ったら、頭突きを食らった。

――ゴッ・・・

鈍い音がして、おでこに痛みが走る。
「っい!!」
「ぅ、嘘だ!!あ、あんな匂いさせといて――!!」
「・・・匂い??」
それは初耳だ。
太田って奴からの情報にもなかった。
「あんな甘ったるい香り・・・女以外ないだろ!」
「甘ったるい香り?」
言ってから、そういえば、と思い出した。
数日前に電車で近くにいた女の香水が臭かったのを思い出した。
「ああ、満員電車の中で近くにいた女から臭い匂いがしたな・・」
「――――・・・」
「もしかして、それのことか?」
ギッと睨む雅美はどうやら納得していないらしい。
まったく。こんなに雅美に夢中の俺が他の女なんか相手にしてられるか。
こんなにも俺を喜ばせて、困らせて、翻弄できる人物なんか他に居ない。
「俺の同期の柚木って奴に聞くといい。あいつも一緒だったからな」
「・・・・・・」
じっと俺を見つめる雅美は、信じていいか考えている様子だ。
「ああ、そういえばその柚木って奴も言ってたな・・・」
ニヤリ、と笑う俺の顔をやや引きつった顔で見てくる。

「香水の匂いが付いて、彼女に浮気を疑われたって、な」

「――――っ!!?」

真っ赤になった雅美は言い訳のような声を出す。
「や、その・・オレのは違くて・・・っ」
それでも、言い訳しても意味ないことに気付いたのか俯いて黙ってしまう。
髪から覗く耳は真っ赤に染まっている。
俺は嬉しくて、クツクツという笑いが止まらない。

どうやら、先程よりは機嫌が良くなったようだ。
それでも、こんな理由ならご機嫌斜めになってもいいな。なんて少しだけ思ってしまう俺だった。